母子分離不安の症状

母子分離不安の典型的な症状としては、母親と離れなければならない場面になると不安感が込み上げて行動できなくなるという状態があります。未就学の児童の登園しぶりや小学校低学年の子の不登校の原因として頻繁に指摘されます。

しかし年齢が小さい子ばかりではなく、小学校高学年や中学生、場合によっては高校生にも近しい症状が現れることがあります。それが「幼児退行」と呼ばれる現象です。

幼児退行とは

幼児退行現象というのは子どもが不安になったときに母親に甘えることによって不安を取り除こうとする行動の一つです。3歳未満の子の場合、しがみつきや後追いなど、不安に対する反応として年齢相応なことなのですが、小学生や中学生以上の場合は少しかたちを変えて現れてきます。

用事もないのに傍に寄ってきて自分の話したいことを好きなように話す、もたれかかってきてスキンシップを求めてくる、夜になると不安に思っていることを打ち明けどうすれば良いか答えを求める、母親が寝ている寝室にふとんを持ってきて一緒に寝るなどのことがあります。

場合によっては中学生の男の子なのに、母親と一緒に入浴したがる、母親の身体や胸に触りたがるなどのことが起こることもあり、母親も驚いて拒絶してしまうことがありますが、これらは全て、母親と心理的に接近したり、物理的にも密着して不安を取り除こうとする心の働きなのです。

このように小中高生でも幼児退行を起こすのは、精神的には幼い年齢に戻って、精神的に脆い部分を補おうとする本能的な心のメカニズムが働いているからです。

幼児退行の効果

幼児退行を起こし、それが受け入れられれば、母親との情緒的交流を通して、母親の愛情を確認し、心理的に安定してきます。

心の安定感の一つの要素に、「基本的信頼感」という概念がありますが、これは衣食住や安全が保証されていると感じ安心していられる状態です。しかし、明日も学校があると思うと不安で眠れない、いまは家で好きなことをして過ごしているけど、いつこの生活が終るか知れない、やがて自分はどんどんダメになって行ってしまうだろう、などといつも不安な状態が続いていれば、基本的信頼感はかなり損なわれていると言えると思います。

何か具体的なことについての不安、英語の試験の点数が取れるか不安だというような場合には、具体的な対策方法や手段が見つかれば安心できますが、漠然とした不安感、なぜかわからないけど安心できる時がないというような場合には、一番信頼できる母親へ密着することで安心感を得ようとするのです。

幼児期には、「投影−同一視」という心の働きによって、母親の表情や姿を見つめて、母親と自分を重ね合わせることによって、母親の感情を自分のものにしていきます。母親の笑っている顔や穏やかな雰囲気から安心感を抱くように、他の様々な感情も母親と一緒に過ごす中で獲得していきます。

幼児期をはるかに過ぎた小中高生にもこのような心のメカニズムが働くことが幼児退行の効果であり、母親の感情や感覚にもう一度自分を重ね合わせることで、自分の感覚や感情を確かめたり、安定した母親の感覚や感情を取り組むことによって自分自身も安定しようとします。

拒絶されずに幼児期が追体験できると、心の不安定さが解消し、それに伴い「甘え」の行動もなくなっていきます。単なる「甘え」だと捉えてあえて分離を図ろうとすると、心の不全感を満たすことができず、なかなか安定に向かわないことがあります。

また子ども本人の中に母親を求める気持ちがあったとしても「小さい子じゃないのにお母さんに甘えたいなんておかしい」というような抑制が強い場合には、幼児退行現象は起こりません。逆に親が受け入れる姿勢を見せることでより深く退行することがあります。

幼児退行現象は必ずしも起こるものではありませんが、幼児退行が起こっている場合は、うまく対応できれれば心理的な安定にかなり大きな効果を生みます。

幼児退行への具体的対応

幼児退行に対応するときに極めて大切な考え方は「子どもが求めることはしてあげるが、求めていないことはしない」ということです。

子どもの中で不安が高まって母親の存在を求めているときには、拒絶せずに受け入れる対応をすべきです。

子どもが話を聞いて欲しそうに近寄ってきたときには、家事や仕事の手を止めて話を聞いてあげることが重要です。つい「今は忙しいから後にして」と言ってしまいがちですが、後になって「もう話したくない」と思っているときに熱心に話を聞こうとしても効果はありません。

逆に子どもが特に求めていないのに親の方からスキンシップをしたり抱いてやったりすることが嫌がられる場合もあります。

幼児退行というのは、母子分離不安がある特定の場面で起こるのと同じように、心が安定しているときには、実際の年齢相応の振る舞いができているので、子どもの実際の年齢に合わせて対応してあげるのが良いでしょう。

「今すぐ話を聞いて」「抱っこして」など退行しているときには、退行している子どもの目線に合わせて対応してあげることで子どもの欲求が満たされ安定に向かっていきます。

無理に引き離して自立を促すより、退行を受け入れた方が早く安定し、安定すれば子どもの方から離れていきます。

幼児退行を起こしているからといって一日中一緒にいなければいけないというわけではなく、子どもが求めてくるときには密着を心がけますが、自分から離れていく時には追いかけずにきちんと分離をはかるということが大切です。

求めているときに突き放していないか、求めていないのに束縛していないか、振り返って考えてみる必要があります。

母親との共生関係の確立

幼児退行を受け止め、母子密着の対応へと変化させるためには、母親自身にも精神的なゆとりを持てるように環境を整えていく必要があります。

母親自身が子どもの幼児退行への対応について迷いがあったり、受容的な対応をしていることについて「甘やかしている」など批判されるような状態だと、母親自身の気持ちが安定せず、いくら子どもと密着しても子どもには母親の不安感が伝わってしまいます。

母子分離不安や幼児退行現象について、中心的に対応することになる母親をはじめとして、父親や家族が理解し、母親が自由に自然体で子どもと接することができる状態を作り出していくことが重要です。

状況によっては、学習や進路の問題など、目下対応しなければならないことに気を取られて、子どもの心にまっすぐ向き合えないということがあるかも知れません。けれども、進路や学習のことは工夫次第で後から挽回できることも多いので、優先的に対応すべき心の問題に集中することが大切です。今何を中心に対応すべきか、問題を整理して優先順位を定めるためにもカウンセラー等信頼できる第三者を交えて話合うことも大切です。

母親と密着することで子どもが安定してきたら、今度は母親と二人で一緒に行えることに取り組んでいきます。母親と一緒に外出して食事を楽しんだり、家事を一緒にしたり、同じ作品を観たり読んだりして感想を言い合ったりなど、母親との情緒的交流を通して、子どもは自分の感情や感覚に気がつき、母親からそれらを学び直し、自然な感情や感覚を取り戻していきます。

母親からの分離

母親との共生関係の中で活力が増してくると同時に、母親と二人だけの世界からその世界の外へと目を向けられるようになってきます。

例えば学校のことや将来や社会のことについてどのように考えれば良いのか、自分の考え方が間違っているのか周りの考え方が間違っているのか、母親はどう考えるのかを聞いて自分の考えの正しさを確かめようとすることがあります。

このような段階に来れば、子どもの感じ方・考え方は認めつつも、二人の間だけで話している事柄について、父親や第三者を加えていくことが必要になってきます。

例えば母親が父親のことについて子どもに話していくようにすると、子どもは母親からの情報をもとに父親の愛情を確認し、信頼感を持つようになっていきます。それが第三者の場合も同じであり、母親の信頼感を手掛かりに第三者へ接近していきます。

母親との共生関係の中で子どもが様々な確認をしてきたように、父親や第三者との関係性の中で新しい見方を吸収し、母親以外の人との交流が増えていくことによって自主性や自発性を身につけていきます。

母親への確認がなくなり、自信を持って人とかかわれるようになっていくと、母子分離が進んでいきます。

ときには壁にぶつかって一時的に状態が後退することはあると思いますが、行きつ戻りつ、幼児退行は短い子で半年、長い子で3〜4年で消失していくと言われています。

母子分離不安と幼児退行現象についてコンパクトにまとめてきましたが、母子関係や父子関係についてさらに詳しい内容は、師牟田武生著『ひきこもり/不登校の処方箋〜心のカギを開くヒント〜』に書かれていますので参考にしてみてください。

文・Allight Educational Consulting 代表 平栗 将裕

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