ネット依存から抜け出すヒント

土曜講座でお話ししているテーマについて、内容の一部を読み物としてまとめています。今回は「ネット依存から抜け出すヒント」という講義から取りあげます。土曜講座ではさらに具体的な親のかかわりについてご紹介します。

ネット依存とは

ネットやゲーム等の使用時間が長くなり、日常生活へ支障をきたす状態に陥っていることを「ネット依存」と呼ばれています。「ネット依存」「ゲーム依存」「スマホ依存」など、様々な呼称がありますが、ここでは「ネット依存」と呼ぶことで統一したいと思います。

ネットを利用する時間は、私たちの生活の中でかなり長い時間を占めるようになり、ある調査*によると、青少年(小・中・高生合計)の1日あたりの平均利用時間は約159分となっており、保護者(小・中・高生の保護者合計)の利用時間も約136分に上るそうです。1日5時間以上ネットを利用する青少年(小・中・高生合計)は15.1%と大きい割合ですが、5時間以上利用する保護者(小・中・高生の保護者合計)も9.1%と決して低くはない割合となっています。

「ネット依存」の問題は、「病的なもの」と考える向きもありますが、診断名をつけたところで「特効薬」がない以上、結局のところそれは、ネットとどのように付き合っていくかを考えなければならないということではないでしょうか。便利で手放せないけれども、のめり込んでしまう魅力のあるネットについて改めて考えてみたいと思います。

*平成29年度 青少年のインターネット利用環境実態調査 調査結果(速報)平成30年2月 内閣府 より

ネットにのめり込む無気力な気持ち

ネットについついのめり込んでしまうとき、何となく手持ちぶさたで、楽しみを求めている気持ちがあるものではないでしょうか。

「現実が面白くない」「考えたくないことばかり頭に浮かんでくる」という心の状態であるとき、ネットはそうした心の隙間にぴったりと入り込み、現実世界を忘れさせてくれます。

気晴らしになるという理由で、リフレッシュ程度に使っているなら問題はないのですが、つまらない日常よりも、ネットの世界の方が充実した時間を過ごせるという逆転が起こると、依存度は深くなっていきます。

無料で手軽に始められるスマホのアプリには終わりがなく、次々と更新され、飽きるということがなくなってきました。追加されたダンジョンを攻略したり、キャラクターのレベルを上げているうちに、あっという間に時間は過ぎていきます。さらにSNSでは趣味の合う人を見つけて、簡単に連絡を取ることができ、「友達」もできます。

家に居ながらにして好奇心や達成感を満たし、退屈せず、孤独でない生活が送れるようになりました。この生活は、多くを望まなければそれなりに快適であるために、ここから抜け出してあえて辛い現実に向き合うことができなくなるのです。やがて、この生活が当たり前の生活だと錯覚するようになると不登校は長期化していきます。

ネットがこれほど発展していなかった頃は、学校に行かなくなり家に一人でいると、いずれ退屈したり、孤独になったり、将来のことが不安になり出して、「何かしなくては」という気持ちに変化することがありましたが、ある程度生活が充実しているため、見守っていても気持ちの変化が起こりにくくなってきました。

ネット依存から抜け出すために

ネット依存は、つまらない現実とそれを埋めてくれるネットの存在が合致することで起こってくる問題であるため、スマホやPCを取りあげてしまえば、解決というわけにはいきません。ネットに触れない時間を一時的に作ったとしても、目を背けたい現実がある限り、自由にネットができるようになったときに必ずもとに戻ってしまいます。ネットを制限することには一定の効果はあるものの、根本的に依存から脱却するためには、背景にある現実の課題に取組み、現実の生活を充実させていく必要があるのです。

現代の生活では、ネットを使わないということはもはや不可能です。うまくネットとつきあっていく自己規制力を子どもの時代に育てていくことこそが改善に繋がります。そのためのかかわりにおいて、特に重要なポイントをまとめます。

①子どもとのコミュニケーションを断たない

もし今お子さんとのコミュニケーションが少なく、子どもの考えていることや子どもがネットをと使って何をしているかわからないとしたら、学校や勉強のことは脇に置いて、まずは家族としてきちんとあいさつをかわす、一緒にご飯を食べる、他愛の無い会話を交わすということから始めてみて下さい。

会話がそもそもないのにそんなことはできないと思われるかもしれませんが、会話がなくなるのは、学校や勉強のことなど、核心に触れる話題を避けようとしているからです。話しかけられれば、必ず学校や勉強のことを言われると思うと、距離を置こうとしますが、しがらみのない話題や子ども自身が興味を持っていることなら話がしたいと思っています。毎日のあいさつ、お子さんが好きなこと、一緒に見ているテレビの話題など、家族として日常の会話を取り戻していく必要があります。

子どもの興味を持っていることになかなか大人としては興味を持ちにくいということがあるかもしれませんが、裏を返せば、子どもにとっても親の関心のあることには興味を持ちにくいものです。学校や勉強のことは確かに本人にかかわりのある問題ですが、そこから逃避をしているときに、単刀直入にそれを話題にしてもコミュニケーションを取るのは難しくなります。親は自分のことを分かろうとしない、価値観が違うから何を言っても無駄だ、とお子さんが思っているときには、問題に一緒に取り組んで行くことはできませんが、子どもが興味を持っていることに親も興味を持ち、一緒に楽しむところまで行けなくとも、子どもの語るままに話に耳を傾けることができるようになって来ると、徐々に関係が変化し、子ども自身が考えていることや悩んでいることも話せるようになっていきます。

ネット依存の改善は、背景にある現実がつまらないという気持ちや抱いている劣等感や無力感の理解に糸口があります。ネット依存から抜け出した子たちに当時の状況を聞いてみると「(当時の自分を)親に理解して欲しかった」「干渉されるのは嫌だったけど、親のかかわりがきっかけになった」「やり込んでいたけどゲームは全然楽しくなかった」ということを言います。本当は何とかしたい、ネットではなくリアルの世界で自己実現をしたいという気持ちがあるはずですが、自分では抜け出せない、助けてほしいけれどそれも言えない、そんな気持ちでいるかもしれないと捉えてみると無気力な姿も違って見えるかもしれません。

②新しい興味と出会う機会を作る

お子さんが心の底から楽しいと思えることでなくても、ゲームやネットに次ぐ、2番目に好きだと思えることとの出会いを目標に、その機会がつくれないか考えてみて下さい。お子さんが好きなことしかやらないことの理由の一つに、今は興味の幅がすごく狭いということがあるかもしれません。

しかし、普段のコミュニケーションができる段階になると、家族との外出や旅行など一緒に行動する機会も作れるようになると思います。家族と一緒なら行動しやすい子と、家族以外の人だったら一緒に行動できる子と、状態や性格の違いがありますが、大切なのは、例えしぶしぶ行動するようなかたちでも、こうした機会を作る努力をするということなのです。

ネットというのは、探索していけばどんどん新しい情報が出てきますが、自分が興味を持っている範囲のこと、欲しい情報しか巡り会いません。例えば、ネットで本を買おうとするとき、自分の嗜好に従って、もっと面白そうものはないかと探していくことはできますが、本屋さんに行くと思いもかけず良い本に出会うことがあります。こうした偶然の出会いというものは、意外にもネットでは少ないものです。

新しいことに無理やり興味を持たせることはできませんが、出会いの機会を準備することは親や周囲の人にもできることです。

③実行・見守り・達成の経験

ネット以外の経験を通して少しずつ興味の幅が広がってくると、自分でもできるかもしれない、やってみたいと思う気持ちが出てきます。実際に、同世代の子たちが集まる学校行事で料理をする経験をしたことにより、家族にも料理を作るようになったり、旅行のイベントに参加できるようになってから、家族との外出が自由になったり、新しい経験を得たことによる変化があります。また、同世代の子たちとの会話も、入り口はゲームであっても話してみたら楽しかった、友達になれたということもあります。

まず何か新しいことを体験してみて、興味を持ったら、途中で投げ出さないようサポートしていくことが大切です。新たに興味を持ったことにしても、新たに築いた人間関係にしても、継続していくほどに良い関係になっていきます。しかし、面白い、楽しいと心から思える前に辞めてしまうということがままあります。本人の自主性に任せ放任するのでもなく、過干渉になるのでもなく、実行し始めたら見守りつつもサポートし、本人の力で達成させるようにしていくことがポイントです。

意外に思われるかもしれませんが、趣味やスポーツであっても、それができるようになる喜びというのは、必ず学習にも活きてきます。自己有用感といいますが、自分にスキルが着いて、できるようになるということは、根本的な自信につながります。

いろいろな経験をして、現実の生活が充実してくると、相対的にネットがそれほど魅力的なものでなくなってきます。ネットだけあればそれで満足という状態は、それ以上に楽しいことを知らないからかもしれません。同じゲームであっても、一人で黙々とやるのとリアルの友達とあれこれ言い合いながらやるのでは楽しさが違ってきます。その楽しさを体験した時、ネットに依存していた時が本当は楽しくなかったのだと初めて分かるのかもしれません。